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日本版作成協力者:松川 愛未 吉田 玲子 

乳がん サマリーレポート


結果/介入 重症度 浸透率 有効性 介入の程度
とリスク
アクセス性 スコア
乳がん(ATM)/化学予防 2 2A 2B 2 D 8ABD
乳がん(ATM)/乳がん検診 2 2A 2B 3 A 9ABA
乳がん(CHEK2)/化学予防 2 2C 2B 2 D 8CBD
乳がん(CHEK2)/乳がん検診 2 2C 2B 3 A 9CBA

状態:乳がん 遺伝子:ATM, CHEK2
項目 エビデンスに関する説明 参考文献
1.病的アレルを有する人の健康への影響
遺伝性疾患の有病率 一般女性の生涯乳がん発症率は、12.4%であり、3.1%は乳がんが原因で死亡する。非転移性乳がん女性患者の1%、若年発症乳がん女性の8.5%にATMのヘテロ接合性病的バリアントが認められている。BRCA1/2にヘテロ接合性病的バリアントが検出されなかった家族性乳がんの患者の5%、全乳がんの1-2%にCHEK2のヘテロ接合性病的バリアントが検出されている。 1, 2
日本人女性の生涯乳がん発症率は10.9%であり、1.7%が乳がんが原因で死亡する。 日本人乳がん患者の0.4%にPALB2、0.31%にCHEK2の病的バリアントが認められた。 9,10
日本人の家族性乳がん卵巣がんのコホートで、乳がん罹患女性のうち、BRCA1/2に病的バリアントが認められなかった患者の1.1%にATM、0.2%にCHEK2の病的バリアントが認められた。 11
臨床像(症候/症状) ATMはATMタンパクをコードし、細胞周期のコントロールとDNA修復に働いている遺伝子である。CHEK2はCHEK2タンパクをコードし、細胞増殖を抑制し、DNA修復の開始を制御することでがんの抑制に働いている遺伝子である。ATM、CHEK2の病的バリアントは、乳がんの発症リスクを上昇させる。 1, 3, 4, 5, 6
自然歴(重要なサブグループおよび生存/回復) ATMの病的バリアントは、総生存率を低下させる(HR: 5.6%; 95% CI: 2.6-12.0)。ATM遺伝子ヘテロ接合性病的バリアント保持者(以下ATM保持者)は、非保持血縁者と比べてがん死を含む死亡率が高く、7-8年の生存期間減少が報告されている。ATM保持女性の乳がん発症リスクは、非保持血縁者と比べて3.0倍(95% CI: 2.1-4.5)であり、45-55歳未満での発症リスクも高い。また、ATM保持者のがん発症には、年齢、近親度、放射線暴露、初産年齢、喫煙歴が関連することが報告されている。7271T>G(NM_000051.4(ATM):c.7271T>G (p.Val2424Gly))は、69%の乳がんリスクとなるミスセンスバリアントとして報告がされている。
CHEK2の病的バリアントは、乳がん患者の生存率低下との関連が示されている(HR: 6.9%; 95% CI: 3.1-15.0)。多くの研究で,特定のCHEK2のバリアントについて乳がんとの関連が示されている。乳がん患者を対象とした症例対照研究では、1100delCバリアント(NM_007194.3(CHEK2): c.1100delC(p.Thr367Metfs))は、家族歴によらず乳がんリスクを高め(OR=2.34; 95% CI: 1.72-3.20; p<0.001)、有意なER陽性乳がんリスクの増加が示されている(OR=2.55; 95% CI: 2.10-3.10; p<0.001)。1100delCバリアントはヨーロッパで多く認められるが、日本からの報告は少ない。1つのメタアナリシスでは、I157T(NM_007194.3 (CHEK2): c.470T>C (p.Ile157Thr))と乳がんリスクとの関連が示されている(OR=1.58; 95% CI 1.42-1.75; p<0.001)。
1, 3, 5, 6, 11
2. 予防的介入の効果
患者の管理 ATMおよびCHEK2病的バリアント保持者に対する明確な化学予防の推奨事項はないが、英国NICEのガイドラインでは、遺伝診療部門内の専門家が、乳がんの高リスク(30%以上の生涯乳がんリスクまたは40~50歳までのリスクが8%以上)または中リスク(17%以上30%未満の生涯乳がんリスクまたは40~50歳までに3~8%の乳がんリスク)女性に対し、化学予防の選択肢について、乳がんのリスク低下/非死亡率低下/副作用/サーベイランスや予防切除などの代替の方法を含めて提示すべきとされている。
ATMおよびCHEK2病的バリアント保持者に対する化学予防の直接的なエビデンスは示されていない。
乳がん高リスク対象に対する化学予防として以下のことが推奨されている:
・既往歴、血栓塞栓症疾患、子宮内膜がんリスクが高い場合の除き閉経前の女性にタモキシフェンを5年間提供する。
・重度の骨粗鬆症ではない限り閉経後の女性にはアナストロゾールを5年間提供する
・閉経後の女性でアナストロゾールが提供できない場合には、タモキシフェンまたはラロキシフェンを検討する
・両側リスク低減乳房切除術御には化学予防を提供しない。
これらのエビデンスとして以下のことが示されている。質の高い2つのRCTに基づくエビデンスとして、プラセボ群よりもタモキシフェン投与群の方が、乳がん発症率が低い(RR=0.65; 95% CI: 0.56-0.74)。これらのうち1つの報告では、その後中央値16年間の長期フォローアップの結果が報告されており、タモキシフェン投与群において、有意な乳がん発症率の低下が認められた(HR=0.71; 95% CI: 0.60 to 0.83; p<0.0001)。しかし、乳がん死亡率については有意な差は認められなかった(OR=1.19; 95% CI: 0.68-2.10; p=0.8)。プラセボ群に比べて、エキセメスタン投与群の方が、乳がん発症率が低かった(HR=0.35; 95% CI: 0.18-0.70)とするRCTがあるが,エビデンスの質は高くない。(Tier 1)
7
女性のリスク低減乳房切除術に関する推奨は一致していない。あるガイドラインは、ATMおよびCHEK2保持者のリスク低減乳房切除術は、有効ではないことを報告している。(Tier 1) 5
別のガイドラインでは、ATMおよびCHEK2保持者は、家族歴に応じてリスク低減乳房切除術を推奨するべきとしている。 (Tier 2) 1
ATMおよびCHEK2病的バリアント保持者に対するリスク低減乳房切除術の有効性を直接示すエビデンスはない。乳がん家族歴のある女性またはBRCA1/2病的バリアント保持の女性に対するリスク低減乳房切除術のBRCA1/2のページを参照のこと。 7
サーベイランス ATM病的バリアント保持者は、40歳から乳がんのサーベイランスを実施することが推奨される。サーベイランスの方法はガイドラインによって異なっている。あるガイドラインでは、40-50歳から年に一回のマンモグラフィを推奨している(一般には50-75歳からのサーベイランスを推奨)。(Tier 1) 5
別のガイドラインでは、ATM保持者は家系で最も若い乳がん発症者より5-10年早い年齢または遅くとも40歳から年に1回のマンモグラフィ(トモシンセシスは考慮)と乳房造影MRIが推奨されている。 (Tier 2) 1
ATMの7271T>Gミスセンス変異(NM_000051.3 (ATM): c.7271T>G (p.Val2424Gly))の女性者は、(BRCA1/2のキャリアと同等の乳がん発症リスクのため)25歳からの年一回のMRI、30歳からは年一回のMRIとマンモグラフィが推奨される。(Tier 1) 5
CHEK2病的バリアント保持者は、家系で最も若い乳がん発症者より5-10年早い年齢または遅くとも40歳から年に1回のマンモグラフィ(トモシンセシスは考慮)と乳房造影MRIが推奨されている。 (Tier 2) 1
ATMおよびCHEK2病的バリアント保持者に対するサーベイランスの直接の効果を示した研究はない。
乳癌家族歴のある女性またはBRCA1/2保因女性に対する乳癌サーベイランスのエビデンスについては,BRCA1/2のページを参照のこと.
7
回避すべき事項 成人において現時点で回避すべき事項はない
3. 健康危害が生じる可能性
遺伝形式 常染色体優性(顕性)遺伝形式
遺伝子変異(病的バリアント)の頻度 ATM病的バリアント保持者とCHEK2病的バリアント保持者の一般頻度は明らかでない
浸透率 ATM病的バリアント保持者の乳がん発症率は、50-60歳までに6%(95% CI: 4.6-7.4%)、80歳までに33-38%(95% CI 24.6-40.4%)と推定される。既報の相対リスクによると、生涯発症リスクは24-55%と幅がある。50歳以下の発症は16%と推定されるが、11-19%と幅がある可能性がある。ATM c.7271T>G保持者における乳がん生涯発症リスクは69%であり、BRCA1/2保持者に類似している。(Tier 1) 1, 4, 5
ケース・コントロール研究における一般女性とのオッズ比をもとに、CHEK2 c.1100delCのヘテロ接合キャリアの家族性乳がんの生涯発症リスクを推定すると、70歳までの乳がん累積発症率は37%であった。(Tier 3) 3
CHEK2病的バリアント保持者の80歳までの乳がん発症率はおよそ28-37%、そのうち家族歴を有する人の生涯累積発症率は、28-70%であった。(Tier 1) 1
相対リスク コホート研究4研究のメタアナリシスによると、ATM病的バリアント保持女性の乳がん発症リスク比は3.0 (95% CI: 2.1-4.5),45-55歳でのリスク比は7.0 (95% CI: 4.1-11.7)であった(Tier 1)。 5
家族性乳がんかつCHEK2 c.1100delC保持者の乳がん発症リスク比は、4.8(95% CI: 3.3-7.2)であった(Tier 1)。 3
CHEK2 c.1100delCの男性保持者は、乳がん発症リスクが10倍上がると推定される。(Tier 3) 8
トランケーション変異保持者の乳がんリスク比は3.0倍と推定される(90% CI: 2.6-3.5)。(Tier 3) 1
表現度 特定の情報なし
4. 介入の方法
介入の方法 本レポートで記載している,スクリーニング検査、標的臓器の予防的切除術、投薬には,潜在的な副作用を有する。 7
5. 推奨されるケアにおいて,発症前のリスクや徴候が見逃される可能性
臨床的に見逃される可能性 ATM病的バリアント保持者、CHEK2病的バリアント保持者は、一般集団よりも乳がんの若年発症リスクがあり、現状の検診プログラムでは見逃される場合もあると考えられる。
6. 遺伝学的検査へのアクセス
遺伝学的検査 ATM, CHEK2ともに遺伝学的検査を実施可能な国内の遺伝子検査会社(衛生研究所)は存在するが、ATM, CHEK2の遺伝学的検査は現時点で保険収載されていない。

参考文献
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