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日本版作成協力者:平岡 弓枝 古屋 充子 

BAP1腫瘍素因症候群 (BAP1-TPDS) サマリーレポート


結果/介入 重症度 浸透率 有効性 介入の程度
とリスク
アクセス性 スコア
悪性中皮腫/画像検査 2 2C 0C 2 B 6CCB
皮膚悪性黒色腫/毎年の全身皮膚科検診 2 2C 2N 3 B 9CNB
ぶどう膜悪性黒色腫/眼腫瘍科医による毎年の眼科検診, 散瞳検査含む 2 2C 0C 3 B 7CCB
淡明細胞型腎細胞癌/腹部超音波 2 2C 3D 3 B 10CDB

状態:BAP1腫瘍素因症候群 (BAP1-TPDS) 遺伝子:BAP1
項目 エビデンスに関する説明 参考文献
1.病的アレルを有する人の健康への影響
遺伝性疾患の有病率 BAP1腫瘍素因症候群(BAP1-TPDS)の有病率は不明だが、稀と推定されている。2015年のレビューから、57家系174人のBAP1-TPDSが特定された。BAP1関連がんにおける患者の生殖細胞系列病的バリアント保有率は、ぶどう膜悪性黒色腫(1?3%)、悪性中皮腫(6%)、および皮膚悪性黒色腫(0.6%)とされる。その他のがんにおけるBAP1-TPDS患者の割合は不明である。 1, 2. 3, 4
臨床像(症候/症状) BAP1-TPDSはBAP1遺伝子のヘテロ接合性病的バリアントによって特徴づけられ、腫瘍抑制蛋白質と考えられているBAP1のハプロ不全を引き起こす。腫瘍はヘテロ接合性の喪失が起きた細胞から発症する。特異的なタイプの皮膚病変である異型Spitz腫瘍(ASTs)はBAP1-TPDSに最もよくある症状と考えられる。病変は皮膚色~赤褐色で、平均直径5mm、組織学的にはSpitz母斑と悪性黒色腫の中間にあたる。ASTsに加えて、患者は特定の悪性腫瘍リスクが高くなる。BAP1の病的バリアントを有する個人は、ぶどう膜悪性黒色腫、悪性中皮腫、皮膚悪性黒色腫、淡明細胞型腎細胞癌(ccRCC)、および基底細胞癌を発症しやすい傾向がある。罹患者は複数種の原発がんを発症する可能性がある。その他、BAP1-TPDS悪性腫瘍スペクトラムと関連が示唆されるもののエビデンスが一定しないがんに乳癌、胆管癌、髄膜腫、神経内分泌腫瘍、非小細胞肺腺癌、甲状腺癌が含まれる。 1, 2, 5, 6, 7
自然歴(重要なサブグループおよび生存/回復) ASTsは早い場合10代に発症すると報告されており、患者の初発症状となりうる。しかし、患者に発症する皮膚悪性黒色腫の数はASTsと比較して少ないことがわかっており、各ASTの悪性化リスクは低いと示唆される。ほぼ全てのBAP1-TPDS関連悪性腫瘍は,一般集団よりも発症が早く予後不良である。BAP1-TPDSのぶどう膜悪性黒色腫は一般集団と比較して発症年齢が若く(51歳 vs 62歳)、通常、進行性で予後不良である(平均生存期間は4.74年で、BAP1蛋白質陽性ぶどう膜悪性黒色腫患者では9.97年)。悪性中皮腫は散発性悪性中皮腫よりも有意に早く発生し(55-58歳 vs 68-72歳)、腹膜を巻き込む率が高く、腹膜悪性中皮腫症例の多くは女性である。データは一貫していないが、他のBAP1-TPDS関連がんとは対照的に、BAP1関連悪性中皮腫患者の生存期間は、散発例よりも長い可能性がある。エビデンスの蓄積から、アスベスト暴露がBAP1病的バリアント保有患者の悪性中皮腫リスクを高めることが示唆される。皮膚悪性黒色腫はしばしば多発性原発で、散発例より若年発症する(46歳 vs 58歳)。BAP1関連皮膚悪性黒色腫の悪性度を散発例と比較したデータは一貫していない。ccRCCの診断年齢中央値は散発性よりも若く(47歳 vs 64歳)、診断時にグレードが高いと大概生存期間も短くなる。限定的データだが、基底細胞癌の発症年齢中央値は50歳である。 1, 2, 4, 5, 7, 12
2. 予防的介入の効果
患者の管理 診断後、患者はASTs、皮膚悪性黒色腫、基底細胞癌、ぶどう膜悪性黒色腫、悪性中皮腫、淡明細胞型腎細胞癌を精査すべきである。初回の皮膚精査には、皮膚科医による全身皮膚診察を含める必要があり、ASTが疑われる病変は切除する。ぶどう膜悪性黒色腫の初回検査では、眼腫瘍科医による散瞳検査と画像検査が含まれる。ccRCCに対しては、腹部超音波検査、尿検査、および腹部MRIが推奨される。悪性中皮腫の評価には、腹膜と胸膜のMRI検査が勧められる。スパイラル胸部CTの使用は、放射線被曝によるがんのリスクがあるため、議論の余地がある。(Tier 4) 1, 2
サーベイランス ぶどう膜悪性黒色腫は眼腫瘍科医による年1回の散瞳検査と画像検査が推奨される。ぶどう膜悪性黒色腫と診断された場合には、ハイリスク患者用モニタリングプロトコールに基づいた全身転移サーベイランスを考慮する(例:3?6か月毎の肝臓画像検査、6?12か月毎の肺画像検査)。(Tier 4) 1, 2
この集団におけるぶどう膜悪性黒色腫サーベイランスまたは治療の有効性に関するデータはない。ぶどう膜悪性黒色腫サーベイランスにより、早期発見が可能になる場合がある。BAP1-TPDSのぶどう膜悪性黒色腫は進行が早いため、早期に発見された場合でも、進行がん向けの標準治療を実践する必要がある。(Tier 4) 1, 2
腫瘍サイズと病期は予後や転移リスクと相関するため、早期診断と治療によって予後改善の可能性がある。(Tier 5) 8, 9, 10
20歳前後から年1回、全身皮膚診察を受ける必要がある。更に患者は悪性黒色腫の特徴に基づいて皮膚のセルフチェックを行う必要がある。 (Tier 4) 1, 2
この集団における皮膚悪性黒色腫サーベイランスの有効性に関するデータはない。皮膚がんの視覚的スクリーニングに関するシステマティックレビューでは、罹患率と死亡率に対する有効性を示した試験は特定されなかった。ある環境生態学研究では、皮膚がんスクリーニング計画に基づく地域検診実施後、皮膚悪性黒色腫の性別および年齢調整死亡率は48%減少し、10万人対で0.8人の絶対死亡率差が見られた。8つの観察研究において、診断時病変の厚さまたは病期と死亡率との関連が検討された。全ての研究において、腫瘍の厚さとともに皮膚悪性黒色腫死亡リスクの直線的増加が認められた。厚さ4.0mmを超える腫瘍では、多変量解析にてハザード比3.1?32.6と、薄い病変と比較して皮膚悪性黒色腫死亡リスクが高いことを示していた。 (Tier 5) 11
悪性中皮腫の初期症状やスクリーニング法で信頼できるものはない。ただし、中皮腫の後期症状(胸痛、咳、息切れなど)、胸膜炎、腹膜炎、腹水、および/または胸水の兆候を検出するには、年1回の評価が推奨される。 ccRCCを評価するために腹部MRIが実施されている場合は、腹膜と胸膜の評価もできる。スパイラル胸部CTは、放射線被曝によるがんのリスクがあるため議論の余地が残る。一般的に悪性中皮腫は、外科的介入や集学的治療戦略を含む従来の治療法に対し非常に難治性であり、治癒する可能性は低い。 (Tier 4) 1, 2
ccRCCの検出には、年1回の腹部超音波検査が推奨され,年1回の尿検査と2年に1回の腹部MRIを組み合わせることも検討する。BAP1-TPDSのccRCCは標準治療に従って管理する必要がある。(Tier 4) 1, 2
回避すべき事項 アーク溶接はぶどう膜悪性黒色腫のリスクと関連するため、可能であれば避けるべきである。(Tier 4) 2
喫煙やアスベスト曝露は悪性中皮腫のリスクが高めるため避けるべきである。(Tier 4) 2
不要な長時間の日光曝露は皮膚悪性黒色腫と基底細胞癌リスクを高めるので避け、日焼け止めや保護服による防護をするべきである。高いUVAおよびUVB防護を備えたサングラスの使用は、瞼のがんリスクを減少させる可能性があるが、ぶどう膜悪性黒色腫に対するサングラスの有用性に関するデータは乏しい。(Tier 4) 1, 2
3. 健康危害が生じる可能性
遺伝形式 常染色体優性遺伝形式
遺伝子変異(病的バリアント)の頻度 BAP1病的バリアントの集団有病率に関するデータはない。
浸透率(ハイリスク人種や民族集団を含む) 家系調査の文献レビューでは、BAP1-TPDS 174人中148人(85%)に悪性症状が認められた。
-ぶどう膜悪性黒色腫:54/174(31%)
-悪性中皮腫:39/174(22%)
-皮膚悪性黒色腫:23/174(13%)
-腎細胞癌:18/174(10%)
-皮膚色素細胞性病変(ASTs):31/43(72%)
関連の可能性があるがん種:
-乳癌:9/95(9.5%)
-基底細胞癌:11/174(6.3%)
ただし、検査を受ける患者や家族は大概がんを発症しているため、これらの浸透率データは検査バイアスによって高めに見積もられている可能性がある。報告された57家系中、発症発端者のみが検査されていたのは30家系で、3人以上の家系員が検査を受けていたのは17家系だけであった。つまり、BAP1病的バリアントの真の浸透率は、現在推定されているものよりも低い可能性がある。(Tier 3)
1,2
相対リスク BAP1-TPDS症状の相対リスクに関するデータは認められない。
表現度 BAP1関連腫瘍の種類は、同家系内であっても異なりうる。 (Tier 4) 2
4. 介入の方法
介入の方法 最も推奨される介入は,リスクを殆ど伴わない非侵襲的サーベイランスと網羅的初期診察である。悪性中皮腫の検査をするためにスパイラル胸部CTが実施される場合、放射線被曝によってがんを発症するリスクを伴う。 2
5. 推奨されるケアにおいて,発症前のリスクや徴候が見逃される可能性
臨床的に見逃される可能性 BAP1-TPDS関連がんは、一般集団のがんよりも早期に発症し、通常進行が早い。これらのがんスクリーニングに対して標準的推奨事項がないため、通常推奨されるケアの設定では臨床的に見逃す可能性が高くなる。皮膚悪性黒色腫とぶどう膜悪性黒色腫は、早期発見されれば治癒する可能性があるが、転移すると致死的である。 (Tier 4) 2, 7
6. 遺伝学的検査へのアクセス
遺伝学的検査 民間検査機関で受託可能である(Multi-gene panelによる解析)。研究解析として行われていることもある。

参考文献
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6.Online Medelian Inheritance in Man, OMIMR. Johns Hopkins University, Baltimore, MD. BRCA1-ASSOCIATED PROTEIN 1; BAP1. MIM: 603089: 2014 Jan 28. World Wide Web URL: http://omim.org.
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