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日本版作成協力者:近藤 知大 岩泉 守哉 

遺伝性びまん性胃癌 サマリーレポート


結果/介入 重症度 浸透率 有効性 介入の程度
とリスク
アクセス性 スコア
胃癌による死亡率/リスク低減胃切除術 2 3C 3B 0 D 8CBD
胃癌による死亡率/胃癌または前癌病変を発見し、胃癌治療および/または胃切除を開始するための内視鏡サーベイランス 2 3C 1C 2 AB 8CCAB
乳癌による死亡率/乳癌を発見し、乳癌治療を開始するための画像サーベイランス 2 3C 2C 3 AB 10CCAB
乳癌による死亡率/リスク低減乳房切除術 2 3C 3D 1 D 9CDD

状態:遺伝性びまん性胃癌 遺伝子:CDH1
項目 エビデンスに関する説明 参考文献
1.病的アレルを有する人の健康への影響
遺伝性疾患の有病率 びまん性胃癌の約1~3%は、遺伝性びまん性胃癌(HDGC)に起因する。HDGCの人口有病率はまれで、一般人口では10万人あたり0.1人以下と推定されている。
日本人の家族性胃癌13家系に対してCDH1遺伝子の生殖細胞系列変異を調べたところ、2家系でCDH1の病的バリアントを有する2家系が同定されたという報告がある。日本人におけるCDH1の病的バリアントを有する症例報告は散見される。
1, 2,J1,J2,J3
臨床像(症候/症状) CDH1の病的バリアントを伴うHDGCは、びまん性胃癌(印環細胞癌)の発生を特徴とする。早期のHDGCは、びまん性胃癌の顕微鏡的な病巣が多数存在することが特徴で、最初は粘膜内のみに広がり、後に胃壁に浸潤する。早期の症状は非特異的であり、特異的な症状が現れた時には、一般的には病期が進行している。後期の症状には、腹痛、悪心、嘔吐、嚥下困難、腹部膨満感、食欲不振、体重減少などがあり、その後触知可能な腫瘤が認められることがある。腫瘍の広がりや転移により、肝腫大や黄疸、腹水、皮膚結節、骨折などが生じることがある。CDH1病的バリアントの女性保因者は、乳腺小葉癌を発症するリスクも生じる。また、CDH1病的バリアントを有する患者は、大腸印環細胞癌のリスクも高くなるというエビデンスも報告されている。 1,2,3,4,5,
6,7,8,9
自然歴(重要なサブグループおよび生存/回復) CDH1病的バリアントはすべての民族に見られるが、ニュージーランド(マオリ族)やカナダなどの特定の地域で大きなクラスターが確認されている。HDGCの早期癌は、通常、ほとんどのキャリアーが20~30歳までに発症すると推定されている。一方、進行癌のリスクは年齢とともに増加し,20歳までに1%,30歳までに男女ともに4%,50歳までに男性21%・女性46%となる。HDGCの胃癌の平均診断年齢は約37~40歳で、14~85歳の範囲で報告されている。HDGCに関連した胃癌による最も早い死亡例は14歳であった。乳腺小葉癌の平均発症年齢は53歳で、40歳以降に発症率が上昇する。 遺伝性ではない散発性のびまん性胃癌(DGC)が胃壁に浸潤する前に早期発見された場合、5年生存率は90%以上である。しかし、診断が遅れた場合、5年生存率は30%以下に低下する。CDH1の病的バリアント有する人の生存率は、散発性DGCの人と同じであると考えられる。 1,2,3,4,5,
6,7,8,10
2. 予防的介入の効果
患者の管理 HDGC血縁者の集学的治療は、集学的医療チームを持つ専門病院に集約することが非常に重要である。このチームには、上部消化管癌手術を専門とする外科医、消化器内科医、臨床遺伝医、栄養士/管理栄養士、病理医、カウンセラーまたは精神科医が含まれるべきである。(Tier 2) 7, 8
以下に示すリスク低減切除術に関する記載は,海外のガイドラインに基づいている.本邦においては,2021年7月現在,CDH1病的バリアント保持者に対するリスク低減胃切除術,リスク低減乳房切除術は実施されていない.
海外のガイドラインでは、CDH1病的バリアントの保有者は、生涯にわたる胃癌発症のリスクが高く、サーベイランスの効果が限られていることから、リスク軽減胃全摘術を受けることが推奨されている。ほとんどのガイドラインでは、18歳以降、30~40歳までに胃切除を行うことが推奨されているが、その時期は患者の希望や家族内での発症年齢を考慮して決定される。一部のガイドラインでは、18歳以前の胃切除術を検討することも許容している。(Tier 2) 1,3,5,6,7,8
最近のシステマティックレビューの結果によると、CDH1の病的バリアントが陽性であった患者220人のうち、77%が予防的胃切除術を受け、23%は希望しなかった。しかし,予防的胃切除術時に胃癌が発見される割合が高かったと報告されている。予防的胃切除術を受けた169人のうち、63%は無症状で、術前の内視鏡および放射線画像のスクリーニングでは腫瘍は指摘されなかったが、12%は術前スクリーニングで腫瘍が指摘されていた。最終的な病理結果では、全症例の87%において組織学的に腫瘍が指摘された。このシステマティックレビューでは、胃切除術を受けた人の再発率や、胃切除術を辞退した人の長期転帰は報告されていない。(Tier 1) 10
胃切除術後に残胃癌が認められたという報告が少なくとも1件ある。(Tier 2) 1
CDH1病的バリアントを有する女性に対して、リスク低減乳房切除術も合理的な選択肢になり得るが、一律には推奨されない。HDGCにおけるリスク低減乳房切除術に関する文献は少なく、家族歴を考慮してケースバイケースで予防的乳房切除術を検討することは妥当である。(Tier 2) 6,9,11,12
CDH1病的バリアントを有する患者におけるリスク低減乳房切除術の有効性に関する直接的なエビデンスは確認されなかった。 乳癌家族歴のある女性またはBRCA1/2保因女性に対するリスク低減乳房切除術については,BRCA1/2のページを参照のこと. 11
CDH1病的バリアントを有する患者における薬物療法による化学予防の有効性に関する直接的なエビデンスは確認されなかった。乳癌家族歴のある女性またはBRCA1/2保因女性に対する化学予防については,BRCA1/2のページを参照のこと. 11
サーベイランス 胃癌サーベイランスは、予防的胃切除術の前や胃切除術を拒否する患者に適応となる。リスクのある人は、ガイドラインによって異なるが、16~20歳から6~12カ月ごとにスクリーニングを受けるか、家族の中で最も早いがん診断の5~10年前に検診を受けることが推奨されている。サーベイランス・プロトコルには、経験豊富な集学的チームによる高精細内視鏡を用いた上部消化管内視鏡検査での広範な粘膜観察、胃内全体の複数の無作為生検(最低30個)および粘膜の異常に対する複数の生検、そしてH. pyloriの感染診断と除菌治療が含まれる。しかし、サーベイランスの有効性は不確かであり、約50%の患者で既存の胃癌を発見できないことがあるため、慎重に実施すべきである。(Tier 2) 1,3,5,6,7,8
遺伝性でない散在性胃癌が胃壁に浸潤する前の早期に発見された場合、5年生存率が90%以上である。しかし、診断が遅れた場合、5年生存率は30%以下に低下する。CDH1病的バリアントを保有する人の生存率は、散発性DGCの人と同じであると考えられている。(Tier 3) 4
ハイリスク乳腺クリニックへの紹介が推奨される。月1回の乳房自己検査(30歳から)、年2回の乳房診察(20~30歳から、ガイドラインにより異なる)、年1回の乳房画像診断(20~35歳から、ガイドラインにより異なる)が推奨されている。乳房画像診断の方法はガイドラインによって異なるが、ほとんどのガイドラインでは、CDH1病的バリアント保有者に最も多い小葉状乳癌の組織型を検出するマンモグラフィーの能力が十分ではないことから、マンモグラフィーと組み合わせてMRIを推奨している。CDH1 病的バリアント保有者における乳がん検診の役割と結果に関するデータは現在不十分であるため、推奨は、乳癌、特に小葉型サブタイプの生涯リスクの高さと、他の遺伝性乳癌症候群(例:BRCA1/2 病的バリアントによる)で確立されたデータに基づいている。(Tier 2) 1,3,5,6,7,9
11,12,13
CDH1病的バリアントを有する患者の乳癌サーベイランスの有効性に関する直接的なエビデンスは確認されなかった。
乳癌家族歴のある女性またはBRCA1/2保因女性に対するサーベイランスのエビデンスについては,BRCA1/2のページを参照のこと.
11
回避すべき事項 サーベイランスには、喫煙や塩漬け・燻製・保存食品の摂取などの既知の胃癌リスク要因を最小限に抑え、新鮮な果物や野菜の摂取量を増やすようなアドバイスを添えるべきである。(Tier 2)
3. 健康危害が生じる可能性
遺伝形式 常染色体優先遺伝形式
遺伝子変異(病的バリアント)の頻度 CDH1の生殖細胞系列病的バリアントの一般集団頻度は不明である。
CDH1病的バリアントは、HDGCの臨床基準を満たす全家系の約25?50%に認められるが、この検出率は時間の経過とともにわずかに低下しており、初期の選択バイアスとガイドラインの基準の拡大によるものと思われる。(Tier 3)
2, 4, 5, 6, 7, 8
浸透率または相対リスク CDH1の病的バリアントによる推定浸透率は高く、80歳までの胃癌発症リスクは男性で67~80%、女性で56~83%、80歳までの乳腺小葉癌発症リスクは女性で23~68%,女性の胃癌と乳癌の複合発症リスクは80歳までに90%と推定されている。20歳以前の胃癌発症リスクは1%未満と推定されている。(Tier 3)
相対リスクに関する情報は得られなかった。
1,2,4,5,6,7,
8,9,10,13,14
表現度 発症年齢は、家族間や家族内で変動する。(Tier 3) 4,7
4. 介入の方法
介入の方法 主な介入である予防的胃切除術の周術期死亡は、手術件数の多い癌センターでは少ないものの存在し(若年健康者で~1%)、術後の生涯にわたる合併症もある。胃全摘術は、患者に心理的、生理的、代謝的な影響を与える。食習慣を変えなければならず、栄養士のサポートが必要となる。ダンピング症候群により、痛み、吐き気、疲労感、下痢などが生じうる。その他の合併症としては、乳糖不耐症、脂肪吸収不良および脂肪便症、腸内細菌の過剰増殖、食後の容易な満腹感などが挙げられる。生涯にわたるビタミンB12の補給と、貧血、低カルシウム血症、骨粗しょう症、微量元素欠乏症に対する綿密なモニタリングが必要である。 2, 4, 5, 6, 7
内視鏡サーベイランスでは、生検回数が多くなると出血のリスクを伴う。 6
小葉状乳癌のリスクが高いCDH1病的バリアント保有者の女性の中には、リスクを軽減するために乳房切除を選択する人もいる。この場合、自己イメージ、自尊心、身体的外観、女性としてのアイデンティティに影響を与える可能性があるが、心理的アウトカムは良好であることを示した研究もある。 6,12
5. 推奨されるケアにおいて,発症前のリスクや徴候が見逃される可能性
臨床的に見逃される可能性 胃癌の特異的な症状が現れる頃には、罹患者は病状が進行している傾向にある。さらに、顕微鏡的に特徴的な病巣は、通常の上部消化管内視鏡検査やランダム生検では容易に検出できないことが多い。いくつかの研究では、術前の生検結果が陰性であったCDH1病的バリアント保有者の胃切除標本に癌病巣が検出されている。(Tier 3) 2,4,14
欧米諸国では胃癌の発生率は比較的低いため、胃のサーベイランスは日常的な医療の一環として行われていない。(Tier 4) 7
6. 遺伝学的検査へのアクセス
遺伝学的検査 CDH1 遺伝学的検査は 2021 年 7 月現在、保険診療で実施することはできない。浜松医科大学腫瘍病理学講座では研究として、CDH1 遺伝学的解析を行っており、全国から依頼を受けている。
CDH1を含んだ遺伝子パネル検査が,複数の検査会社により提供されている.

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