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日本版作成協力者:西垣昌和 蓮見壽史 

遺伝性乳頭状腎細胞癌 サマリーレポート


結果/介入 重症度 浸透率 有効性 介入の程度
とリスク
アクセス性 スコア
乳頭状腎細胞癌の罹患・死亡/腎CTによる定期的サーベイランス 2 3C 3N 2 B 10CN-B

状態:遺伝性乳頭状腎細胞癌 遺伝子:MET
項目 エビデンスに関する説明 参考文献
1.病的アレルを有する人の健康への影響
遺伝性疾患の有病率 遺伝性乳頭状腎細胞癌(Hereditary papillary renal cell carcinoma:HPRC )の罹患率は不明である.ただし,すべての家族性腎細胞がん(RCC)症候群の年間発生率は1/1,500,000未満である. 1,2
臨床像(症候/症状) HPRC の特徴は,両側性・多発性の乳頭状RCCの易罹患性である.患者は1つの腎臓に1100-3400個の微小な腫瘍を発症することがある.乳頭状腫瘍の種類は,顕微鏡レベルの微小な病変から臨床症状を呈する癌まで様々である.これらの腫瘍は,通常は核グレードの低い1型乳頭状RCCであるが,一部の腫瘍は転移する. 1,2,3
自然歴(重要なサブグループおよび生存/回復) HPRC は,典型的には50歳から70歳の間に発症する晩発性の疾患である.HPRC を有する10家族の研究では,罹患者の平均診断年齢は45歳であり,診断後の推定平均生存期間は7年であったと報告されている.近年,RCC患者の5年生存率は向上しているが,進行期の患者の転帰は依然として悪い. 1,2,3
遺伝学的に診断された遺伝性腎癌患者292人(VHL: 182,FLCN:81, MET: 27, BAP1:2)が有する435の腎腫瘍(VHL: 286,FLCN: 91, MET: 52, BAP1:6)の成長速度を追跡したコホート研究では,年間の成長速度[四分位範囲]は,BAP1が最も早く(0.6[0.57-0.68] cm/y), VHL(0.37[0.25- 0.57]cm/y), FLCN(0.10[0.04-0.24]cm/y), MET(0.15[ 0.053-0.32]cm/y)と続いた.同一人内では腫瘍の成長速度は類似しており,若年者ほど腫瘍成長速度が速い. 8
2. 予防的介入の効果
患者の管理 治療は,転移を含む進行リスクをコントロールすると同時に,将来de novo RCCを発症する可能性が高いことを見据えた腎機能の維持を目的とする.散発性RCCやある種の遺伝性RCCは,通常,大きさが3~7cmを超えると転移の可能性が出てくる.一部の遺伝性RCC(HPRC ,von Hippel-Lindau病,Birt-Hogg Dube症候群など)では,単一の固形病変または複数病変のうち最大のものが3cmを超えたら同じ腎臓内のすべての病変を切除することが欧米では標準推奨とされている.ただし,日本人においては体格および腎容積が欧米人と比較して小さいことを考慮し,2cmから外科的治療を開始する.一方,腫瘍サイズが小さくとも転移の可能性がある進行性の高い他の遺伝性腎腫瘍(遺伝性平滑筋腫症と腎細胞がんおよびSDH関連腫瘍など)では,より積極的な外科的切除が必要である. (Tier 5) 4
遺伝性RCCの現在の標準治療は,ネフロン温存手術ともいわれる腎部分切除術(Partial nephrectomy: PN)である.両側腎摘除術では,転移のリスクはなくなるものの,透析や腎移植などの腎代替療法が必要となる.しかし,合併症や死亡リスク,QOLへの影響が大きさから,透析は最後の手段ともいえる.また,遺伝性疾患の患者においては,RCCやや併存疾患の影響で,腎移植の選択肢が制限されることもある.HPRC 患者に対するPNの有効性を両側腎摘除術と比較したエビデンスは得られていない.しかし,遺伝性RCC症例に対してPNを実施した場合の現時点でのエビデンスは,有望な全生存転機を示唆している.4cm以上の固形腫瘍に対してPNをうけたVon Hippel-Lindaw病患者41人(71%),Birt-Hogg-Dube症候群患者10人(17%),HPRC 患者7人(11%)の計58人からなるコホート研究の報告がある.平均年齢は43.7歳(範囲18-63),平均最大腫瘍サイズは5.3cm(4-13),平均切除腫瘍数は6.4(1-44)であった.中央値45カ月(2-163)の観察期間において,全生存率は93%,無転移生存率は96.5%であった.これは,散発腎腫瘍に対してPNを受けた患者の文献における報告と同等であった.(Tier3) 2,7,8
サーベイランス 病変が小さく,乏血管性のため,画像診断が困難なことが多い.そのため,CTがHPRC 患者のスクリーニングに最適画像診断手段である.サーベイランスは,30-35歳もしくは家系内のRCC発症年齢より10年若い年齢から開始するべきである.サーベイランスの頻度は3-6か月ごとから2-3年ごとまで,病変の大きさに応じて変わる. 2
回避すべき事項 回避すべき事項の推奨はない
3. 健康危害が生じる可能性
遺伝形式 常染色体顕性遺伝(優性遺伝)
遺伝子変異(病的バリアント)の頻度 病的バリアントの頻度に関する情報はない.
浸透率 HPRC の浸透率は高く,80歳までに90%がRCCを発症する. 2
相対リスク 相対リスクに関する情報は得られなかった。
表現度 表現型の多様性に関する情報はない.
4. 介入の性質(主効果以外の影響)
介入の性質 CTによるサーベイランスとネフロン温存手術が介入として挙げられる.PNの周術期死亡率は経験豊富な施設では1%未満である.遺伝性RCC患者50人に計65件のPNを実施した報告では,最も多かった合併症は気胸(4.2%),腎委縮(4.6%),遷延性排尿(4.6%),腎周囲膿瘍(1.5%)であった. 5,6
5. 推奨されるケアにおいて,発症前のリスクや徴候が見逃される可能性
臨床的に見逃される可能性 HPRC 10家系の研究において,無症候性の人が偶然発見されることや,家系員のスクリーニングで発見されることが報告されている.(Tier3) 5
6. 遺伝学的検査へのアクセス
遺伝学的検査 診断目的の遺伝学的検査は保険収載されていない*
自費診療での検査は,かずさDNA研究所が受託している.
*がんゲノムプロファイリングの分析対象遺伝子として含まれる

参考文献 原版Date of Search: 10.17.2016,日本版Date of Search: 12.5.2022
1. Hereditary papillary renal cell carcinoma. Orphanet encyclopedia, https://www.orpha.net/consor/cgi-bin/Disease_Search.php?lng=EN&data_id=10607
2. Verine J, Pluvinage A, Bousquet G, Lehmann-Che J, de Bazelaire C, Soufir N, Mongiat-Artus P. Hereditary renal cancer syndromes: an update of a systematic review. Eur Urol. (2010) 58(5):701-10.
3. Online Medelian Inheritance in Man, OMIMR. Johns Hopkins University, Baltimore, MD. RENAL CELL CARCINOMA, PAPILLARY, 1; RCCP1. MIM: 605074: 2016 Oct 03. World Wide Web URL: http://omim.org.
4. Metwalli AR, Linehan WM. Nephron-sparing surgery for multifocal and hereditary renal tumors. Curr Opin Urol. (2014) 24(5):466-73.
5. Betti M, Corgna E. Renal Cancer. (2016) Website: http://www.startoncology.net/professional%ADarea/renal%ADcancer/?lang=en
6. Herring JC, Enquist EG, Chernoff A, Linehan WM, Choyke PL, Walther MM. Parenchymal sparing surgery in patients with hereditary renal cell carcinoma: 10-year experience. J Urol. (2001) 165(3):777-81.
7. Gupta GN, Peterson J, Thakore KN, et al. Oncological outcomes of partial nephrectomy for multifocal renal cell carcinoma greater than 4 cm. J Urol, (2010) 184: 59-63
8.Ball MW, An JY, Gomella PT, Gautam R, et al. Growth Rates of Genetically Defined Renal Tumors: Implications for Active Surveillance and Intervention. J Clin Oncol. 2020 Apr 10;38(11):1146-1153. doi: 10.1200/JCO.19.02263. Epub 2020 Feb 21. Erratum in: J Clin Oncol. 2021 Apr 10;39(11):1309.